2025/9/18
インパクト
第1回:なぜ、今「社会的インパクト不動産」なのか?――不動産と金融がつくる新たな社会価値
執筆者:CSRデザイン環境投資顧問株式会社 シニア・リサーチャー & コンサルタント 大下 剛
「投資は社会を変えられるのか?」
経済合理性を中心に展開されてきた投融資の世界において、近年、「社会的インパクト」という言葉が注目を集めています。特に不動産分野においては、脱炭素、生物多様性、防災・レジリエンス、地域活性化、多様なライフスタイルの実現、ジェンダー平等やウェルビーイングの推進など、さまざまな社会課題に直結したプロジェクトが次々と動き出し、そこに新たな資金の流れが生まれつつあります。
本連載では「社会的インパクト不動産」や「ポジティブインパクトファイナンス(PIF)」を切り口に、その考え方、事例等を紹介しながら、多角的に掘り下げていく予定です。
初回となるこの第1回では、この新しい投資領域がなぜ今必要とされるのか、その背景と意義を整理してみたいと思います。
SDGs達成には資金が不足している
国連が2015年に掲げた「持続可能な開発目標(SDGs)」は、2030年までに世界が取り組むべき17の目標と169のターゲットを示した国際的な「羅針盤」です。SDGsは、貧困、教育、ジェンダー、環境、平和など、多様な社会・経済・環境分野を横断的にカバーしており、現代社会に関わる幅広い課題に対応するものです。
しかし、このSDGs達成には、膨大な資金が必要であり、各国政府の財政や国際援助だけでは到底まかないきれないことが明らかになっています。国連機関やOECDの報告によると、開発途上国だけで年間数兆ドル規模の投資不足が存在し、このままではSDGsの達成は困難であることが示されています(いわゆる「SDGファイナンス・ギャップ」)。この資金の不足を埋めるために、民間の資金をいかに社会課題の解決に向けていくか、すなわち、どのように「お金の流れを変えていけるか」が世界的な課題となっています。
ESG投融資では足りない理由
ここでよく比較されるのが、近年急速に拡大した「ESG投融資」です。ESG投融資とは、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)といった非(未)財務要素を考慮して投融資判断を行う手法のことを指します。ESG投融資は特に企業の情報開示やリスク管理、とりわけ気候リスクへの対応を大きく前進させてきました。その一方で、ESG投融資は、「その投融資によって社会にどんな変化が生じたか」という因果関係を必ずしも問う仕組みではありません。これに対して「インパクト投融資」は、あらかじめ「ポジティブな社会的・環境的変化を生み出すこと」を意図し、その成果を測定し報告することを前提としています。
つまり、両者を分ける決定的な違いはこの「意図(Intentionality)」の有無にあるといえます。
不動産はインパクトを生み出す「舞台装置」
ここで不動産に目を向けてみましょう。不動産とは単なる資産やインフラにとどまるものではありません。住宅やオフィス、商業施設、学校、病院、福祉施設、公園……人々の暮らしや働き方、そして地域社会そのものを形づくる存在です。
たとえば、
- ●エネルギー効率の高い建物は温室効果ガス排出量を削減します。
- ●誰もが使いやすく設計されたバリアフリー施設は、高齢者や障がい者の生活の質を高めます。
- ●空き家を活用した地域拠点やコリビング住居は、地域コミュニティの再生や単身者の孤立の解消に寄与します。
こうした具体的な「変化」を生み出すことができるのが、不動産というフィールドなのです。言い換えれば、不動産は、社会的インパクトを創出するための「舞台装置」であり、その舞台に資金が流れる仕組みこそが、今後の投資や開発のあり方を変えていく鍵になるともいえるでしょう。
「社会的インパクト不動産」とは
国土交通省は2023年に「『社会的インパクト不動産』の実践ガイダンス」(実践ガイダンス)を発表し、社会的インパクト不動産を以下のように定義しました:
社会とともにある「不動産」には、企業等が中長期にわたる適切なマネジメントを通じて、 ヒト(利活用者)、地域(周辺の土地や地域社会)、地球(地球環境)を巡る様々な課題解決に貢献することで、「社会的インパクト」を創出し、地球環境保全も含めた社 会の価値創造に貢献するとともに、不動産の価値向上と企業の持続的成長を図ることが 期待されている。(このような不動産を「社会的インパクト不動産」と定義する。)
ここでいう「社会的インパクト」とは、取組の結果として生じた、社会的効果を伴った最終的な変化・効果を指しています。
ここでは重要なのは、インパクトを単なる善意や付随的な社会貢献として捉えるのではなく、「意図をもって」社会的な変化を起こし、その成果を見える化して共有し、資金の流れを生み出すことです。そうした取り組みを通じて、社会課題の解決と不動産の価値向上、さらに企業の成長を同時に実現することが求められています。
次回予告:投資と評価の仕組みをひも解く
次回は、この社会的インパクト不動産を支える金融の仕組みとして、国際的に広がる「ポジティブインパクトファイナンス(PIF)」をご紹介します。インパクト投資は、単なる資金の提供ではなく、価値を共に考え、共に育てる新たな投資の形です。
第2回では、その仕組みをひも解いていきます。どうぞご期待ください。